掛塚まつりの宵。
御仮屋への小道に携えて
クライアント
トルピ
期間
2024年9月〜10月
キーワード
水府提灯、掛塚祭り、胡粉、金泥、水干絵の具
動機——はじまりの響き
10月の掛塚祭りが今年も近づいてきた。
就職で地元を離れた後も、毎年のお祭りは自分に深く刻まれたリズムだ。あの雰囲気に包まれないと1年の流れをどうにも掴めない。
ふと子供の頃だろうか。日曜の本祭り、18時ごろの空気に包まれた気がした。急いで夕食を済ませ、屋台が整列する御仮屋へと足早に向かう。「まだ屋台は動いてないよな。新しいローソクに替えている頃かな……」横ブラ提灯が欄間の彫刻を照らす光景が見える。
町の衆が言っていた。「揺れる提灯がいい。彫刻もまた揺れてみえるように彫られてるんだ」。着いたら確かめてみよう。
そうか、じぶんで誂えた提灯なんか持っていたら最高だな。新町の街灯もない小道で提灯を手に歩く姿を想像する。それはきっと、かっこいいじゃんか。
与件
- 誂えた提灯には以下の要素が含まれていること
- 正面には名字が籠文字であしらわれている
- 後ろには日付、副紋と名前が書かれている
- 横には自町の長提灯のデザインが入っている
- 提灯は昔ながらの職人が作ったものを使っている
- 文字や色つけには伝統的な材料を使っている
製作物——調和の姿
この提灯に「顔」があるとすれば、正面の籠文字だろう。以前、息子のはっぴに籠文字をデザインしたことがあり、頭の中にあったイメージを形にするのはスムーズだった。籠文字には本来必要ないが、少し遊び心で「ヒゲ」(筆の跳ねが枝分かれした部分)を加えてみた。
副紋も用意しておいたので、化粧輪付近に台形の意匠を上下にあしらった。花びらや葉っぱのようなこのデザインは、掛塚祭りの丸提灯を参考にしている。
長提灯の縁取りは、墨ではなく白の胡粉を極細に使った。昼間は輪郭が淡く捉えられ、灯りをつけると輪郭が浮かび上がる。胡粉「飛切」を使ったことで、光をわずかに反射し、シャープな輪郭を演出している。



あと一歩
ブラッシュアップできるとしたら、墨の選択や膠の量だろう。濃い墨は膠が多く、塗り上がりが堅くなるため、提灯を折りたたむ際に塗料が割れたり和紙が破れやすい。理想の黒々とした色を求めて濃墨を使ったが、もしかしたら水干絵具の黒を試すのも良かったかもしれない。
使用した材料
- Youtubeの提灯職人の動画などを見て高めた気分
- 水府提灯を作り続ける蔭山利兵衛商店の提灯
- 墨は古梅園の紅花墨 (お花墨)五ツ星
- 吉祥の水干絵具(赤はNo.30 洋紅、青はNo.43 群青)
- 長提灯の縁取りは上羽絵惣の胡粉(飛切)
- 長提灯の星は至善堂の純金泥(特)




作品の核——結び目
蔭山利兵衛商店の丸形弓張提灯
提灯の日本三大産地は岐阜、八女、水戸だ。岐阜と八女は盆提灯がメインのようで、祭り提灯の雰囲気に合うのは水戸提灯一択だった。水戸提灯は「水府提灯」と呼ばれ、江戸時代から続く提灯店が今も存在する。
いくつかの水府提灯を見比べる中、化粧輪に付いた星(金色の丸い飾り)の形が印象的だったのが、今回購入した蔭山利兵衛商店だ。寛政10年(1798)創業、230年近い歴史を持つ老舗。伝統的な製法で作られる提灯は、まさに申し分ない。素人が文字を書いても大丈夫だろうかと不安だったが、問い合わせの際、「ぜひ完成したら写真を送ってください」と言われ、俄然やる気が出た。




いい仕事
購入したのは丸形弓張提灯と弓の藤巻オプション。届いた提灯には、上下と化粧輪をつなぐ部分に内側から花びら状の紙片で補強が施されていた。長く使うと接合部から破れやすいが、この補強で寿命が延びる。商業的には買い換えのサイクルが長くなるが、職人の真摯な姿勢を感じる。
昼間に他の提灯と比べると、和紙の色が一段暗く見える。よく見ると、蔭山利兵衛商店の和紙は透明度が高いため、光が透けるのだ。これにより、ローソクの光が和紙を通過し、他の提灯よりも明るく見える(写真参照)。
自町の屋台も、蔭山利兵衛商店さんの提灯で灯りがともされたら、さぞかしキレイだろうなぁと妄想するのである。







